芝生観察日記 第92話

芝生観察日記の第九十二話です。

令和元年12月15日(日)

<~ Road to 2019&2020 ~>

 

 ラグビーワールドカップ2019™ 第三報

 

 歴史的な日本代表のベスト8進出に沸いた翌日、ホッとする間もなく我々の視線は10月26日、27日の準決勝戦と11月2日に控える決勝戦に切り替わっていました。

 

 しかし、天候が邪魔をします。10月14日以降、天気は連日曇や雨の日が続き、気温も20℃を割る日が続くようになりました。低温、日照不足、多雨といったバミューダグラスの生育にとって3悪が揃い、期待していた新種のバミューダグラスには病気が出て生育が鈍化し、試合によるストレスからの回復にブレーキを掛ける形となりました。

 

 そのため、決勝戦を最高の状態で迎えるという目標を掲げていたのですが、コンディション的には厳しい状況が続きました。

 

 そして迎えた25日のキャプテンズラン。今回の大会で辛かったのは、大会日程として土日2日続けて試合が開催されるため、前日の金曜日には4チーム(4か国)がサッカーで言うところの公式練習にあたるキャプテンズランを行うことでした。

 

 その日は、朝方から大雨となり、昼過ぎまでに80㍉を超え、ピッチ上にも水が浮く状態でした。

25日水溜まり監視映像.jpg

スタンド大屋根に設置されたカメラからの映像

 

 キャプテンズランの順番は、ベスト4に勝ち上がったイングランド、南アフリカ、ウエールズ、ニュージーランドの各代表でした。ニュージーランド代表は練習をキャンセルし、南アフリカはキッカーを中心とした10名程度の軽い練習であったため芝生へのダメージはさほどありませんでした。しかし、イングランドとウエールズは上の写真のようにピッチ内に広範囲な水溜まりがあるにも関わらず水しぶきを上げながらフルコートを使って紅白戦を行い、試合以上に荒れた印象を受けました。そのため、翌日の試合に影響するのではという不安もありましたが、手を加える時間もなく、翌日を迎えました。

26日試合前全景.jpg 

 10月26日、準決勝1試合目、イングランド代表VSニュージーランド代表の試合が68,843人の大観衆の下で行われました。

 

 試合はイングランド代表が、優勝候補筆頭で大会3連覇が懸かったニュージーランド代表を19-7で破り、2007年以来3大会ぶりに決勝戦に駒を進めました。

 

 当日は、13日の試合より2㍉刈高を上げて20㍉で迎えました。まだまだライグラスは細く、バミューダグラスの勢いに押されている状況でした。前日に雨の中でキャプテンズランを行い、試合開始前から芝生にストレスがかかっている様子が覗われました。

 

 9月の追い蒔き前に事前作業として行ったサッチング掛けによりバミューダグラスの密度をすいた影響で、試合直前に行った芝生の調査でも芝生の強度が低下しているという数値が出ていたことに加えて、天候不良の影響も重なり芝生の強度は理想には及ばない状況でした。

26日ハーフタイム補修.jpg 

 上の写真は試合前のウォーミングアップ後の状況です。試合開始までの限られた時間の中で飛び散った芝片をスタッフ総出で回収するとともに、傷口の補修を行います。

26日ダメージ状況.jpg26日ダメージ接写.jpg 

 ウォーミングアップまでは小さい傷が多く、芝片が飛び散る程度でしたが試合後には30cm近い傷も所々に見られました。しかし、ハイブリッド芝が効果を示して、表面の芝が剥がれた状況で、踏んでも違和感ありませんでした。

27日試合前全景.jpg 

 10月27日、準決勝2試合目、ウエールズ代表VS南アフリカ代表の試合が、この日も67,750人の大観衆の下で行われました。

 

 スタンドレベルからは芝生の傷みは見て取れないと思いますが、グラウンドレベルで見ると痛々しい傷が散乱していました。

 

 試合は、16-19で南アフリカ代表がウエールズ代表を破り、2007年に続いて3回目の決勝戦進出を決めました。

27日ダメージ状況.jpg27日ダメージ状況(2).jpg 

 試合後のダメージは、前日の試合以上に大きな傷となりました。これがサッカーのワールドカップだったら問題になったと思いますが、ラグビーはボールを転がすのが主たる競技ではないので大会中に手を加えることはありません。傷口を保護するように目砂を入れておきます。

コンサル芝確認.jpg仲間 (1).jpg 

 試合の後は、芝生コンサルとの状況確認を兼ねたミーティングを行います。傷自体は目立つがラグビーという競技特性を考えると全く問題はい。WRからの苦情等も出ていないというコメントをもらいました。

 

 決勝戦までは5日ほどしか時間がないため、できることは限られています。少しでもライグラスを太らせるため吸収性の良い肥料を散布してあげること。そして、これまでの試合で踏み固められたグラウンドはハイブリッド芝の機能も影響して硬くなっていたため、バーチドレンを掛けてあげることでワーキングメンバーの総意を得ました。

 

 そういえば、この日は日頃から芝生に関する情報交換をし、お互い切磋琢磨している全国の有名なグラウンドキーパー達が手伝いに来てくれ、コンサルを含めたミーティングにも参加し、積極的な意見交換が行われました。皆さん、それぞれのスタジアムでJリーグベストピッチ賞を受賞している大ベテランです。

決勝戦ゴールポスト.jpg決勝戦前全景.jpg 

 11月2日、迎えたFINAL。イングランド代表VS南アフリカ代表の試合が70,103人という日産スタジアムの観客最多動員数を記録する大観衆の下で行われました。

 

 天気は快晴。気温も20℃を超えて穏やかな陽気でした。芝生は1か月半におよぶ長期間で5試合を消化し、さすがにスタンドレベルから見ても芝生の疲れが判る状況でした。

 

 試合は、南アフリカ代表が、イングランド代表を32-12で破り、3度目の優勝を飾りました。

 

 試合後のダメージは言うまでもありません。が、長い1か月半におよぶ大会が終わり、「喜怒哀楽」の感情が入れ混じる日々が続きましたが、ようやくホッとしました。

 

 2002年のサッカーワールドカップでも多くの事を学びましたが、この大会でも多くの事を学びました。

 

 サッカーを起源に、同じイングランド発祥のスポーツですが、その文化には大きな違いを感じました。大会はWRのビル・ボーモント会長、そしてラグビー組織委員会、嶋津事務総長のコメントからも成功という表現こそありませんが、良い意味で記憶に残る大会だったと評価されています。

 

 ラグビーワールドカップは終わりましたが、年内にもう一つの大仕事が残っています。

 

 8月17日のセレッソ大阪戦以降、ワールドカップの独占使用期間だったため、我らがF・マリノスもホームゲームをニッパツ三ツ沢球技場で開催していました。優勝決定戦となる12月7日のホーム最終戦に向けてワールドカップで荒れたグラウンドを整備し、決戦を後押ししなければなりません。

 

 8月17日のセレッソ大阪戦はコンディション不良でチームをサポートできませんでした。我々も歯痒い思いでしたので、最後にホームスタジアムとしてしっかりバックアップして今年を終えたい。

 

 その過程は、次回お伝えします。

 

 大会期間の1か月半を含む、ワールドカップの舞台裏はまだまだ語り尽くせないことばかりですが、3回にわたるブログにお付き合いいただきありがとうございました。

観察日 : 2019年 12月8日(日)

場 所 : 大池周辺、投てき練習場周辺

生きもの: ノスリ、カワウ、ヒヨドリ

記事作成: 横山大将(NPO法人鶴見川流域ネットワーキング)

 

 日中も寒さが厳しくなり、流石にマフラーが手放せなくなってきた今日このごろです。今回は、晴れ間に日向ぼっこをしていた鳥たちをご紹介していきたいと思います。この日は午前中に新横浜公園の自然観察会イベントがあり、色々な鳥たちを観察できましたが、「午後になったらまた違うものが見られるかな?」と思い、少し時間を空けて観察に向かいました。すると、堤防の上に設置された川の様子を記録しているカメラに大きな鳥が1羽とまっていました。カメラのファインダー越しに見てみると、「ノスリ」でした。

DSCF4496_縮小_ノスリ.jpgノスリ

 

 過去にもこのブログに登場している鳥ですが、前回もこの堤防上のカメラ付近で観察されました。日当たりも良いため、お気に入りの場所なのでしょうか?特段、獲物を食べているような様子もなく、時折あたりをキョロキョロと見回しながらじっとしていました。なんとかその姿を写真に収めようと思いましたが、画質はこれが限界でした。遠くの生きものを撮影するのは難しいですね・・・。

 

 そんなノスリを観察したあと、大池周辺の日当たりの良い場所に目を向けると、「カワウ」が大きな羽を広げて濡れた体を乾かしていました。

DSCF4448_縮小_カワウ.jpg羽を乾かすカワウ

 

 新横浜公園の周辺をはじめ、隣を流れる鶴見川の中・下流域で広く見られるカワウですが、よく水に潜って魚を捕らえている姿が見られます。羽の油分が少ないため、水に濡れると陸に上がって羽を乾かします。新横浜公園の大池の周りには上陸できるスペースが多いため、この羽を大きく広げた姿もよく観察できます。

 

 その後、投てき練習場の脇まで歩いてみると頭上で『ヒーヨ、ヒーヨ』と鳴き声が聞こえました。声の主は「ヒヨドリ」でした。DSCF4505_縮小_ヒヨドリ.jpg

ヒヨドリ

 

 鳴き声からこの名前がついたと言われているヒヨドリですが、しばらく写真を撮っていると「キー、キー」「ピー、ピー」と鳴きながら他のヒヨドリたちもやってきて大変にぎやかでした。「ヒーヨ、ヒーヨ」以外の鳴き方もするようですね。

 

 今回ご紹介した鳥たち以外にも、カモ類をはじめ、多くの冬鳥が新横浜公園にやってきています。年末年始、体調を崩さないように十分に注意しながら冬のフィールドワークをお楽しみください!

ノスリ・カワウほか場所.jpg

芝生観察日記 第91話

芝生観察日記の第九十一話です。

令和元年12月5日(木)

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 ラグビーワールドカップ2019™ 第二報

 

 9月22日、最初の山場であった2試合を終えて、ホッとする間もなく、決勝戦までのピッチコンディションを左右する追い蒔き(オーバーシード)の準備に入りました。

 

 この日は朝から風速10m/sを超える強い南風が吹き荒れ、スタジアム内では強風の影響により化粧用に陸上トラックを覆っていた人工芝が捲れ上がる事態となりました。

9月23日強風による人工芝捲れ.jpg人工芝捲れ復旧.jpgウエイト設置.jpg 

 風が止むのを待って、人海戦術で捲れた人工芝を復旧し、台風シーズンでもあることから少し見映えは悪いですが、World Rugby(以下 WR)や組織委員会と協議して再び捲れることの無いように等間隔でウエイトを敷き並べました。と言うのも、写真では写っていませんが、人工芝上にはLED看板など多くの機材が設置されるため万が一試合中に捲れるようなことがあっては大変な事態となります。

 

 さて、話は追い蒔きに戻りますが、まず初めに刈高を試合時の15㍉から13㍉へ下げて、その後サッチングリールを掛けて芝生の密度を下げます。これにより蒔いた種が地面に接しやすくしてあげます。ここまでで下準備は完了です。翌24日に本格的な種蒔き作業を実施しました。

9月24日播種.jpg9月24日目砂散布.jpg9月24日フレキシコーム.jpg 

 今回の播種では、通常30g/㎡程度しか蒔かない種をラグビーという競技に、残り5試合耐えるという負荷に配慮して60g/㎡蒔きました。種はペレニアルライグラス(以下 ライグラス)を2種類混合しました。発芽や成長が早い種と緑が濃く来春のトランジションが容易な種など例年以上に配慮しました。

 

 播種のタイミング、播種量、播種する種の品種、播種方法など、事前に行っていた芝生の定例会議で喧々諤々と濃い打合せを経て決めました。みんなが良くしたいという思いは一緒なのですが、それぞれに微妙に差異があり、何と言ってもプロ集団ですからまとめるのが大変です。残念ながら妥協せざるを得なかった者もいたはずです。

 

 そして播種から4日目で発芽が確認され、6日目には2cmに達しました。

9月30日播種から6日目.jpg10月1日初刈り.jpg 

 播種から7日目となる10月1日に自走モアで初めての刈込みを行いました。刈高はライグラスに合わせて23㍉としました。さすがに60g/㎡は多いなというのが実感です。例年は翌春のトランジションを考慮して極力播種量は控えめに管理しています。

 

 次の試合まで10日余り、何とかライグラスが3葉(葉が3枚に増える状態)まで分げつしてくれればという期待を持って一日一日を大切に管理していましたが、この頃10月だというのに連日30℃に達する真夏日が続き、播種前にサッチングリールで密度を梳いたバミューダグラスが勢い良く回復し、密度を増すことでライグラスの生育を抑制する状態でした。これはライグラスが、養分や水分の取り合いでバミューダグラスに負けていることを意味しており、我々の想定通りにライグラスが生育できないまま10月12日及び13日の試合が迫っていました。

 

 10月11日(金)、この日は翌12日と13日に行われる試合のキャプテンズランが予定されていました。しかし、ご存知の通り東日本の広範囲に大雨を降らした台風19号の接近に伴い、残念ながら12日に予定されていたイングランド代表VSフランス代表の試合が中止となったことでキャプテンズランは中止となりました。また、13日に試合を行う日本代表VSスコットランド代表戦の開催可否は当日まで持ち越されましたが、日本代表は秩父宮で練習を行い、スコットランド代表は練習を中止としたことでキャプテンズランは全て無くなりました。

 

 不謹慎かもしれませんが、あの大雨の中でキャプテンズランが中止となったことは、その後のコンディションに影響したことは言うまでもありません。

 

 今回の台風19号による総雨量は、400㍉を超えて各地で河川の氾濫を招き、ここ日産スタジアムが所在する新横浜公園も隣接する鶴見川の増水に伴い、遊水地内に水が流入しました。

越流北側園地.jpg10月13日越流地盤下.jpg 

 鶴見川は昔から暴れ川として有名で、大雨の度に氾濫して流域の住宅地などが浸水する被害を受けて来ました。その被害から護るため国土交通省が遊水地を整備し、そこへ横浜市が公園を造成しました。

 

 そんな遊水地内に設置された日産スタジアムは約1000本の柱の上に高床式に造られており、今回の大雨でも遊水地としての機能を存分に発揮して、公園内はもとよりスタジアムの下にも約85cmの水が流入しました。これにより流域の浸水被害を防ぎました。

 

 このような状況の下、10月13日(日)に予定されていた日本代表VSスコットランド代表の試合は、WR、組織委員会、横浜市、鉄道各社、警察、消防、そして我々スタジアムなど多くの関係機関がギリギリまで開催の可否を検討した結果、開催という判断が下されました。

 

 この判断を受けて、我々も台風の接近に備えて撤去していたラグビーポールを設置し、台風で巻き上げられた海水が雨となって降り注ぐことで起きる塩害を回避するための散水など、試合に向けた準備を急ピッチで行いました。同時に主催者側の会場設営部隊もそれぞれの部署で急ピッチに作業が進められました。

10月13日越流小机洗浄.jpg 

 そして、我々にはワールドカップの舞台を整えるという大事な使命とともに、普段F・マリノスの練習やサッカーの市民大会等で利用されている日産フィールド小机の芝生を護らなければなりません。泥水が引くのを待って速やかに堆積した泥を洗い流して利用できるようにします。泥水で浸かった芝生を再生させるには時間との勝負になります。スタジアムを優先して後回しにする訳にはいかないので同時進行です。

 

 さて、19時45分キックオフの試合に向けて、毎試合キックオフの4時間半前にはWRのマッチマネージャーと共にピッチが規定通りに整備されているのかを確認する「ピッチ検査」があります。

10月13日ピッチ検査.jpg 

 この日も検査は合格。前日までに降った雨による影響も感じさせない状態に「アメージング!」との賛辞をいただきました。確かに良く間に合ったなというのが実感でした。そして、今思えばこの日の状態がコンディション的には色々な意味でMAXだったかもしれません。

 

 芝生の刈高は18㍉でした。本来であれば20㍉位まで上げたかったところです。

10月13日スコットランド戦後(1).jpg10月13日スコットランド戦後(2).jpg10月13日スコットランド戦後(3).jpg 

 試合は、ベスト8進出を掛けた日本代表を応援しようと67,666人の来場者で埋め尽くされ、我々も経験したことが無い雰囲気の中で行われました。

 

 試合の結果は、ご存知の通り日本代表が歴史的な勝利を収めてベスト8進出を果たしました。場内はしばらく歓喜に包まれていましたが、選手がピッチを去るのと入れ替わりでワーキングチームによるピッチの確認が行われました。ワーキングメンバーは組織委員会、芝生のコンサルティング、横浜市、我々キーパーチームにハイブリッド芝の生産業者さんです。

10月13日試合後のピッチ確認.jpg 

 試合後の芝生は、追い蒔き前にバミューダグラスの密度を梳いた影響で9月の2試合よりも表面の芝生が削り取られるような傷が目立ちました。理想はライグラスが3葉に達して、バミューダグラスの密度低下を補ってくれる想定でしたが、前述の通りバミューダグラスの復活によりライグラスの生育が鈍化し、結果として芝表面の強度が上がらなかったものと考えます。

 

 それでも、ライグラスがあることで芝刈りの模様は9月より綺麗で、テレビ映えはしていた気がします。

10月13日全景.jpg 

 ワーキングメンバーによるピッチ確認では、次の準決勝2試合及び決勝戦に向けてどうするかという視点で議論しました。

 

 内容的には、ハイブリッド芝が機能し、良好な状態が維持されている。ライグラスが細く、本来の目的に応じた機能をしていないので肥料を与え、刈高を上げてライグラスの生育を促すなどの方向性を確認しました。

 

 ようやく前半戦が終了しました。この段階で既に心身ともに疲労困憊でしたが、続く準決勝、決勝戦に向けて気が休まぬ日々が続きました。

 

 続きは第三報で。

芝生観察日記 第90話

芝生観察日記の第九十話です。

令和元年11月27日(水)

<~ Road to 2019&2020 ~>

 

 ラグビーワールドカップ2019™ 第一報

 

 9月20日に開幕して約6週間に亘って熱戦が繰り広げられたラグビーワールドカップ2019™が閉幕しました。

 

 日本代表の歴史的な勝利に沸き、日本中がラグビーに熱狂しました。

 

 <~Road to 2019&2020~>という題名で昨年からラグビーワールドカップ2019™と来年に控えた東京2020に向けた芝生の管理について書き綴ってきましたが、この大会における独占使用期間中はスタジアム内の映像等を露出することが制限されていたため芝生観察日記も更新できずにいましたが、ようやく大会が終わり独占使用期間も解除されたので3回に分けてお伝えしていきます。

グラウンドスタッフ.jpg 

 今年は長梅雨の影響により暖地型の芝生の生育が鈍く、寒地型芝生から暖地型芝生へのトランジション(切替)が想定通りにいきませんでした。

 

 今年の梅雨は、記録的な低温、日照不足、長雨という例年以上に暖地型の芝生にとっては最悪の条件が揃ってしまいました。そのような悪条件下で、寒地型の芝生が7月に入っても衰退する気配はなく、逆に暖地型の芝生がなかなか表面に出てこられませんでした。結果として、梅雨が明けて気温が一気に上昇したことで寒地型の芝生は急激に衰退してしまいましたが、直ぐに暖地型の芝生が出てくることはなく、砂が露出して芝生がない部分も目立つ状態となりました。

 

 日産スタジアム(横浜国際総合競技場)で行われたワールドカップの試合は、9月21日に行われたニュージーランド代表VS南アフリカ代表の試合に始まり、11月2日に行われた決勝戦までの6試合でした。

 

 本来は10月12日にプール戦、イングランド代表VSフランス代表戦の7試合が予定されていましたが、ご存知の通り台風の影響で中止となったため6試合となりました。

 

 どの試合も6万人を超える注目のカードばかりでした。約6週間に亘る大会期間は常にコンディションを維持しなければならず、ラグビーの国際統括団体であるワールドラグビー(WR)からは、この大会の成功は決勝戦会場である日産スタジアムの芝生に懸かっているとプレッシャーを掛けられる日々でした。

 

 そのため、昨年末よりWRが指名した外国のコンサルティング会社を含めて芝生のワーキングを定期的に行いながら、芝生のコンディションは常に監視されてきました。結果として、8月初旬に行われたワーキングにおいて決勝戦を含む7試合に耐えられる芝生に至っていない部分があるとの評価が下り、急遽大面積の補修を行うこととなりました。実に大会開幕の4週間前のことです。

 

 世界レベルの試合を7試合、最高の状態で整備するという大義は誰も経験したことがないので、我々も内心悔しさを堪えながらも大会を成功させることが何よりも重要であったためワーキングの決断を受け入れました。

ワーキング.jpg 

 芝の補修は8月17日のJリーグ翌日から急ピッチに進められ、8月30日に完了しました。この段階で大会まで3週間というタイミングでした。当初の計画では、9月21日の第一戦は暖地型芝に寒地型芝をオーバーシードした状態で迎える予定でした。しかし、芝補修をして根付きが甘い芝生に直ぐオーバーシードすると来年の芽出しに影響するという認識でワーキング内の総意が得られたため、9月のプール戦2試合は暖地型芝のみで迎え、2試合を終えた時点でオーバーシードを行うことにしました。

フィールド拡張作業.jpgフィールド拡張全景.jpg 

 大会3週間前となる9月2日よりインゴールを含むプレーエリア以外の整備が始まりました。日産スタジアムは陸上競技用のウレタントラックがあるため、プレーエリアとなるハイブリッド芝以外の部分を天然芝と人工芝で覆わなければなりません。

 

 ウレタントラックを人工芝で覆うことは従来から実施していますが、今回はハイブリッド芝の外周囲約2,800㎡に天然芝のビッグロールを張りました。これは、WRが認めた公認の人工芝か天然芝の何れかで覆うことを選択することとなっていましたが、横浜市では選手がより安全・安心にプレーできるようにと天然芝で覆うことを選択しました。同様の手法は熊本、大分、東京でも採用されました。

 

 土が無いウレタン上に天然芝を張って2ヶ月維持するというのは今大会が初の試みではないでしょうか。この技術は今後日本における様々なイベントやスポーツ大会の場面で活用される気がします。

 大会前フィールド全景.jpg 

 これが、拡張して大会前のフィールド全景です。今大会に向けて周囲の人工芝も新たに導入されました。

 

 さて、9月20日に東京スタジアムで華々しく始まった大会は、日本代表が見事開幕戦を勝利で飾り、大会の盛り上がりを後押ししました。

 

 翌21日には日産スタジアムでの開幕戦となるニュージーランド代表VS南アフリカ代表戦が63,439人の大観衆の中で開催されました。

 

 当日の天気は曇り。この試合に向けて芝の刈高は暖地型芝に合わせて15㍉としました。WRから大会時の芝の刈高について25㎜~35㎜という基準が示されていましたが、実際これは寒地型芝が主流のヨーロッパ基準であり、暖地型芝だけでこの高さを維持するのは難しく、選手にとっても良い状態とは言えないでしょう。

9月21日試合前前景.jpg自走芝刈り.jpg 

 これが日産スタジアムでの開幕戦となったニュージーランド代表VS南アフリカ代表戦前のフィールド全景です。暖地型芝だけで迎えると決めた際、懸念された要因の一つに刈込みの際に描かれるモーイングパターン(刈込みデザイン)がありました。寒地型芝に比べてどうしても芝丈が短い分、綺麗な刈目が付き辛いのです。

 

 今大会は、写真のようにWRオフィシャルのモーイングパターンで全会場統一されていたので他の会場との比較が分かり辛かったかもしれません。このモーイングパターンは見た目の印象も大きいですが、芝の状態を見極める基準にもなり、他の会場の状態がどうかというのが非常に気になりました。

9月21日試合後の状況.jpg9月21日試合後の状況(近景).jpg9月21日試合後の傷.jpg 

 これは試合後のスクラムが組まれた場所の状況です。試合をご覧になられた方は芝が飛び散り、大丈夫なのかと思われた方もいると思いますが、暖地型芝特有の傷み方であると同時に、ハイブリッド芝化されているため、抉れたり、凹んだりすることもなく試合翌日に芝を刈ると綺麗になってしまいました。

9月22日試合前全景.jpg 

 これは、翌22日に開催されたスコットランド代表VSアイルランド代表戦前のフィールド全景です。

 

 当日の天候は、曇りから生憎の雨となり、芝生のダメージが懸念されましたが、前日の試合同様に目立つ傷は残らず、芝刈り後には綺麗な状態になりました。何とか最初の山を無事に乗り切ることができました。WRや試合を終えた選手からの苦情や問い合わせもなく、ホッとしたのも束の間で、翌日から10月以降の試合に向けた寒地型芝の播種が始まりました。

 

 その様子は、第二報で報告します。  

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